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福澤諭吉
Fukuzawa Yukichi
(1835年1月10日 - 1901年2月3日)
  • 1835年、中津藩士の子として大阪府に生まれる。
  • 明治維新後は政府に仕えることなく、慶應義塾での教育と国民啓蒙のための執筆活動に入った。主な著書に『学問のすゝめ』『西洋事情』『福翁自伝』など。
  • 少年のときから負けん気が強く、兄に挑発されて、毎晩、掻巻一枚着で、布団も敷かずに畳の上で寝た。
  • 少年の頃の夢は「まず日本一の大金持ちになって思うさま金を使ってみようと思います」。こっぴどく叱られる
  • 読書嫌いで、読み始めたのは14歳のときから。
  • 故郷から出るために、按摩を本格的に学び、どこで食べていけるようにと腕を磨いた。
  • 25歳の時、大阪から江戸へ。江戸の蘭学がどれほどのものかと知るために、知らないフリをして質問をしまくった。
  • 横浜でオランダ語が通用しないことにショック。英語の道へ。
  • 遊郭や茶屋遊びが嫌いだったが、「僕が一度び奮発して楼に登れば、君たちの百倍モテてみせよう」と豪語。根拠なし。
  • 塾の書生仲間が囲碁を始めると、いつも横から口を出したが、当人は囲碁を全く知らなかった。
  • 文筆の道へと入ろうとする尾崎行雄には「猿に見せるつもりで書け」とエラそうにアドバイス。それ以来、2人が会うことはなかったという。
「猿に見せるつもりで書け。おれなどはいつも猿に見せるつもりで書いているが、世の中はそれでちょうどいいのだ」
「すべて事の極端を想像して覚悟を定め、まさかの時に狼狽せぬように後悔せぬようにとばかり考えています。」
「天は人の上に人を造らず、人の下に人を造らず」
※エピソード、名言の詳細は「トンデモ偉人伝 天才編」、「アウトロー100の言葉」(彩図社)、「名言の正体」(学研新書)、「サバイバルの流儀」(ディスカヴァー)を参照。

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