・宮城県石巻生まれの作家。武者小路実篤、有島武郎らと「白樺」を創刊。代表作には『城崎にて』『和解』『暗夜行路』などがあり、「小説の神様」とも呼ばれた。
・教室でじっとすることができず、またテストは気が乗らないと白紙で提出した。学習院中等科で2回落第。
・17歳の直哉はキリスト教徒になり、内村鑑三のもとで教えを受ける。教えどおり25歳までは禁欲を貫いたが、以降は吉原の遊郭にせっせと通った。
・妻を仲居として働かせようとする文学青年に激怒。「細君を男の性的興味の対象になるような仕事につけて金を稼ごうというのはよろしくない。馬鹿げた考えだ。やめたまえ」。かつて自分が祇園で遊んだ相手が仲居だったことから、職業への先入観があった。
・軍隊の食事がどうしても嫌で、コンデンスミルクを使って自分流にアレンジ。
・ノミが大嫌いで、捕まえると歓喜してマッチで燃やしていたぶった。
・生涯で引っ越した回数は23回。嫌と感じたらいてもたってもいられなかった。
・新聞に載った自分のインタビューを読んで誤植を見つけて、記者に一言。「今度、出す時は訂正してくれたまえ」。
〔志賀直哉の名言〕
「五つの幸福があっても、一つの不幸の為めにその五つはゼロになる。幸福は弱く、不幸は強い。吾々は幸福を強く、不幸を弱く感ずるやうに修練をつむべきだ。五つの不幸があっても一つの幸福を幸福と感ずるやうになる事が必要だ。此修練がなければ人生は要するに不幸なものになる」
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